ハチマルの生い立ち THE LAND CRUISER STORY 〜 Chapter1[製品企画の章] 〜

 

ハチマルを世に送り出した開発者たちの熱い想い

この物語はアラコ株式会社の実際のホームページに掲載されたものです。
7、8年前にアラコ殿に掲載許可を取りましたが実名が記載されていること、部署名が現在と変わっていることを理由に残念ながら却下されました。
しかし、ハチマルをこよなく愛する者として、ハチマル誕生秘話はぜひ80オーナーに知って頂きたい、という思いで掲載する事に致しました。


 

| 0.プロローグ | 1.製品企画の章 | 2.デザインの章] | 3.設計の章 | 4.試作の章 | 5.実験の章 | 6.生産技術の章 |

 

〜 Chapter1[製品企画の章] 〜


プレステージカーを目指せ
砂漠の国にて

砂漠にもいろんな種類があるのを、久永紘一郎と宮川賢二はここに来て初めて知った。よく馴染みのある砂の砂漠のほかに、石ころが埋まる瓦礫の砂漠や一面に光り輝く塩の砂漠があるのだ。

「こんなところを走らなくてはいけないなんて、ランクルは大変だな。」
「人ごとみたいにいうなよ。その開発を俺たちがやるんだから。」

市場調査のためにやって来た中近東だったが、それは想像をはるかに超えた世界だった。何日走ってもとぎれることのない地平線、摂氏40度以上にもなる気温、独特の価値観。ことに暑さはすさましいの一語に尽きた。もし、この過酷な環境のなかを移動中に、ランクルが故障してしまえば、死が待っているだけである。調査に協力してくれた現地スタッフもいう。

「我々が求めているのは頑丈で壊れない、安心して乗れる4WD車なのだ。なにしろ我々の生命がかかっているのだから。」

ランクル80の開発プロジェクトの主査である久永とデザイン部長の宮川の心に、この言葉は重くのしかかった。

中近東に住む民族は、ランクルのきわめて重要なユーザーのひとつである。かつてラクダで砂漠を動き回っていた彼らは、今ではランクルを足がわりに移動する。その彼らが望むものは、丈夫で信頼性の高いランクルであり、一方、ステイタスシンボルとしてのランクルなのだ。

「しかし、アメリカや日本の市場のニーズも無視するわけにはいかない。」

暑さのせいで遠くの景色がゆらゆらとゆらめく中、久永はそう考えていた。

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RVか、ワークホースか

戦後まもなく開発されたトヨタジープをルーツとするランクルの新しい開発計画が持ち上がったのは80年代の中頃である。ランクル60の後継車種である。

エンジンやシャーシはトヨタ、ボディーはアラコという共同開発であり、製品企画からデザイン、設計、試作、実験、品質保証、そして生産技術などの開発部門が主査のもとに統合され、開発作業が進められる。
その出発点が開発コンセプトである。くだけて言えば、「どういう車を造って行くか」ということである。

車両製品企画室には、世界中から集められたユーザーの情報があった。その中にはもちろん中近東からのものもあった。言うまでもなく、中近東のユーザーが求めているのは、過酷な環境の元でも高性能を維持し続けるワークホースとしてのランクルである。しかし、その一方で、日本や欧米諸国での市場動向があった。人々はオフロードカーに高級乗用車並みの品質を求めていた。

「騒音が大きい、もっと静かにしてほしい。」
「乗り心地がよくない、もっとゆったり乗れるようにならないか。」
「都会の中を走っても違和感がないようなデザインとイメージがあれば・・・。」

一言で表現すればRV(レクリエーショナル・ビークル)としてのランクルである。週末に郊外に出かける時に利用できる様な、アメリカンスタイルの4WD車。

「市場は成熟してきている。ユーザーの幅を広げるためにもRV色の強いランクルにすべきではないか。」
「かといって、中近東やオーストラリアの声を無視する訳にはいかない。」

そうした議論がトヨタを含めたスタッフの間で交わされた。今から思えば奇妙だが、当時は「オフロードカー=トラック」というイメージが強かったのだ。しかし、久永たちの考えはそうした二者択一ではなかった。

「RVか、ワークホースかという議論はあまり意味がないんじゃないか。むしろ、その両方が高次元で融合した全く新しい車を造りたい。オンロードカーでもあるランクルにしようじゃないか。」

ランクルのような本格的4WDのオフロードカーにはマニア的なユーザーが多いのだが、彼らはRV的な車には拒否反応を示す。しかし、マーケットとしてみれば少数派である。大多数はRV志向を支援してくれるだろう。だが、オピニオンリーダー的な少数派を無視するわけにもいかない。そこで、オフロードカーとしての強さを十分に備えたRVを、というコンセプトが生まれたのだった。

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ワールドカーゆえに

久永やデザイン部長の宮川たちが設定したテーマは次のようなものだった。

(1) オフロードカーとオンロードカーを高次元で融合させ、洗練された中にも走破性、頑丈さにすぐれた 車にすること
(2) 車内空間をゆったりと確保し、高レベルの乗車空間を実現すること
(3) 他車の追随を許さない静粛性、乗り心地を確保すること

一言で表現すれば、『重厚明快な高級4WDワゴン=プレステージカー』であった。
開発のキーワードは「タフさ」「やさしさ」「のびやかさ」。

もうひとつ、久永が徹底したのは、ワールドカーであることを前提にせよ、ということだった。生産台数の80%近くが海外へ輸出される車である以上、ワールドカーとしての性能と仕様を備えていなければならない。

「北極圏のような酷寒の地でも、中近東の砂漠ような灼熱のもとでも、同じようにすぐれた性能を発揮しなければいけ ない、ってことですね。」
「もちろんだ。しかし、それだけじゃないんだ。法的規則も忘れてはならない。」
「・・・・・ 」
「いい例がシートベルトの評価だ。各国ごとに評価の基準が違うからと言って、その国ごとに仕様を変えていたのでは無駄が多すぎる。一つの仕様で全ての国の評価をクリアする、そんなシートベルトを造れ。」

シートベルトはあくまで例の一つにすぎない。

「おそらく、ランクルほど世界中を走っている車はないだろう。つまり、それは世界中の人々の厳しい目にさらされているということなんだ。それに応えるワールドカーを、他でもない我々が造るんだ。」

この言葉こそ開発に参加した全ての技術者をメンタルな部分で支えたものだった。

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三ヶ日の三日間

アラコが所有する保養所は浜名湖近くの三ヶ日にある。高台に建っており、ここから眺める浜名湖は素晴らしい。しかし、そこに集まっていた面々は保養にに来た訳ではない。その景色さえあまり目に入らなかったに違いない。

主査の久永を中心に、営業からデザイン、設計、品質保証、生産技術、製造までの各部門から、課長・係長クラスが集められたのだ。ランクル80開発に関しての検討会のためである。
三ヶ日保養所での議論は深夜迄綿々と続いた。口火を切ったのはもちろん久永だ。

「いいか、金の話はするな。できるかどうかも言うな。やりたいことや、やってみたいことだけを自由に言ってもらいたい。」

とはいえ、技術に精通している分、つい「常識」が頭をもたげる。そうしたものから自由になるためにも、三ヶ日という環境と、三日間という時間が必要だったのだ。

「乗り心地を良くするんだったら、コイルスプリングにしないと駄目だ。中近東のユーザーがなんと言おうとね。」
「ヘッドライトは絶対に異形ランプにしなけりゃな、愛用車みたいに。」
「試作、評価ではエンジンルームだけのカットボディーをつくらないと。」
「塗面は今迄の様な「柚子肌」では駄目だ。もっと平滑性のあるものにするためにも新しい塗装プラントをもっと導入してもらいたい。」

「時」が口の潤滑油になってくれた様だ。初めはぎこちなかった面々も、いくつかの先行開発、ランクル60に関する徹底した評価、さらに車両品質保証部を中心にユーザー情報を集めていたこともあって、次々と各部門からも意見や要望が出された。もちろん、全てが実現する訳ではない。ここで討論された技術テーマを全て実現する事は不可能だ。だが、出来るだけ最新の技術を盛り込んでいきたいという気持ちが技術者には強い。最も進んだ車を、というのは全てに共通した思いだったのだ。技術者たちの議論が熱を帯びるのも当然だった。
三日後、新しいランクル像が形を現わし始めていた。開発がいよいよ本流となって動き出したのだ。

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恋が語れるか

車両製品企画室に属する主査は、開発プロセスの全てをコーディネートする役割を持つ。一つのコンセプト・テーマのもとに、開発に携わる技術者たちを動かし、プロジェクトを成功に導く義務を負っていると言える。それだけに強いリーダーシップが要求される。

トヨタに伝わる「主査に関する10ヵ条」の中で、「主査に必要な特性」として、
イ. 知識、技術力
ロ. 洞察力、判断力、決断力
ハ. 度量、スケールが大きいこと
ニ. 感情的でないこと、冷静であること
ホ. 活力、粘り
ヘ. 集中力
ト. 統率力
チ. 表現力
リ. 柔軟性
ヌ. 無欲という欲

が挙げられているが、そうした能力に裏打ちされたリーダーシップは以後の開発プロセスにおいて遺憾なく発揮されることになる。

「いろんな人に協力してもらえる体制づくりをすること、誠実に対応すること、そして実現への執念を持つことが大切でしょう。」

そう語る久永が、相談をされるごとに口にしたのは、

「そうした車で一流ホテルの玄関に横づけできると思うか」

だった。後に、騒音・振動での評価の時などは、

「これだけ車内に音がして、彼女と恋が語れると思うか」

とも言ったという。

そうした言葉に、久永の、「オフロードカーとオンロードカーが高次元で融合した高級4WD車」の実現に向けたい意気込みが感じられたのだった。

コンセプトはできた。市場の動きや人々の嗜好を見る限り、間違っているとは思えない。しかし、このコンセプトをどう現実のものとしていくか。久永達の前にまだ長い道のりが待っていた。

 

 

Chapter2[デザインの章]へつづく]

〜 THE LAND CRUISER STORY 〜
PROLOGUE :プロローグ
Chapter1[製品企画の章] :プレステージカーを目指せ
Chapter2[デザインの章] :タキシードで乗れるか 
Chapter3[設計の章] :クラウンを超えろ
Chapter4[試作の章] :嵐の日々
Chapter5[実験の章] :闇の中の疾走
Chapter6[生産技術の章] :人にどこまでやさしいか

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