ハチマルの生い立ち THE LAND CRUISER STORY 〜 Chapter2[デザインの章] 〜

 

ハチマルを世に送り出した開発者たちの熱い想い

この物語はアラコ株式会社の実際のホームページに掲載されたものです。
7、8年前にアラコ殿に掲載許可を取りましたが実名が記載されていること、部署名が現在と変わっていることを理由に残念ながら却下されました。
しかし、ハチマルをこよなく愛する者として、ハチマル誕生秘話はぜひ80オーナーに知って頂きたい、という思いで掲載する事に致しました。


 

| 0.プロローグ | 1.製品企画の章 | 2.デザインの章] | 3.設計の章 | 4.試作の章 | 5.実験の章 | 6.生産技術の章 |

 

〜 Chapter2[デザインの章] 〜


タキシードで乗れるか


クルーザーで遊べ

ポスターほどの大きな写真がデザイン部のあちらこちらに飾られる様になったのは、ランクル80のイメージスケッチが始まった頃だった。外形デザインを担当した北野喜蔵や鈴木均治の前には世界の国立公園の巨大パネルが、内装を担当した藤原恵子の前には巨木のパネルが、それぞれ置かれた。イメージを具現化していくための環境作りの一環としてである。

デザイン部長の宮川が彼らに指示したのは「重厚明快な高級4WDワゴン」というデザインコンセプトである。これをどうイメージとしてふくらませ、デザインとして定着させるか。

「俺たちビンボー人に高級って言われてもなあ・・・・・・」

鈴木がそうつぶやいたのも仕方のないことかもしれない。しかし、彼らとてプロである。人々が求める高級感、あるいは重厚感を形にしなくてはならない。ディスカッションが始まった。

「高級、すなわちリッチ。それから思い浮かぶものと言えば・・・・・・」
「都心の一流ホテルだな。そこに横付けしても恥ずかしくないデザインじゃないと。」
「やっぱりクルーザーじゃないの。」
「ランクルってワールドカーだろ、だったらヨーロッパの石畳の道に似合うデザインじゃないとね。」

某日、彼らは実際に浜名湖でヨットのクルージングを楽しみ(何しろ仕事である)、帝国ホテルで一夜を過ごし、二階建ての新幹線に乗り・・・・・・とイメージ造りに取り組んだのだった。 そして、巨大パネルを前に、ひたすらイメージスケッチを描く日々。 苦しみの日が続く。そんな彼らに宮川の声が飛ぶ。 

「一つの方向だけに発想が固まっては駄目だ。五本指で発想してみろ」
「五本指?」

いぶかしげに北野が聞き返す。

「そう、掌をいっぱいに広げてみろ。五本の指はそれぞれいろんな方向に向くだろ。それくらい幅広い方向性でアイデアを出せ、という事なんだ。」
「じゃ、例えば宇宙空間を走るランクルとか・・・・・・まあ、冗談ですけど。」
「いや悪くないぞ。もちろんそのままじゃいけないかもしれないけど、そこから新しいイメージが浮かぶかもしれん」

結局のところ、宮川によれば、

「描いて描いて描きまくることでイメージを定着させていくしかない。」

ということになる、こうして描かれたイメージスケッチの中から、数点だけが5分の1の縮小モデルの制作を許されることになるのだ。

▲ 戻る

 


勝つか、負けるか

デザインを進めているのはアラコのデザイン部だけではない。トヨタ自動車のデザイン部でも全く同じテーマでデザインを進めているし、外部のデザイン会社にも依頼されていた。デザインのコンペティションである。これは今回に限った事ではなく、ランクル70の開発でも同じようなコンペが行われた。正直な話、 70の時はアラコのデザイン部は負けていた。

「自分の会社で造る車のデザインが他社のオリジナルじゃ、率直なところ面白くない。だからこそ、今回は何としてでも取りたい。」

今回、イメージスケッチの段階からデザイン部のスタッフたちの熱気があふれていたのにはこういう理由があったのだ。スタッフは

「今回は何としてでも、勝つ。」
「他人の全体デザインで仕事をするのはごめんだ。」

そう言ってはばからない。
宮川はむろん立場上から、そうあからさまに闘志をむき出しにはできない。しかし内心はかなり期するものがあっただろう。

評価委員会によるデザイン・コンペは5分の1の縮小モデルで行われるのだが、結果を先に書けば、見事、雪辱を果たしたのである。評価委員会の帰り道、宮川が歩きながら「ニヤリ」と笑ったのを何人かが 目撃している。
スタッフの喜びはもちろん想像するにあまりある。
だがこの段階で、実は後の「大事件」の萌芽があったのだ。
先にも紹介した通り、デザイン部は高級4WD車としてのランクルというイメージづくりを進めていた。久永や宮川が口を酸っぱくして言ったのが、「タキシードで乗ってもおかしくないランクルにしよう」であった。
とはいえ、まだトラック的イメージがそこかしこに根強く残っていたのである。が、これは、仕方のないことであったかもしれない。当時の一般的な風潮では、オフロードカー=トラックというイメージが支配的だったからだ。高級感・重厚感をめざしながら、完全にはトラック的イメージを払拭できなかったのだ。そこに、「常に3・4年先を見ながら、イメージを先取りしてデザインしていかなければならないデザイナーの宿命」(宮川)を見ることもできるだろう。

▲ 戻る

 

 


1ミリが支配する世界

「あと1ミリでいいから削ってくれよ。」
「でも、ここを削ると、全部直さないといけないぜ。」
「そりゃわかってるさ。だけど、どうしても気になるんだ。」

そんな会話が交わされているのは、モデル室である。5分の1縮小モデルが決まったあと、いよいよ原寸大のクレーモデルを造り上げていく。2トンにも及ぶクレー(粘土)を練り上げ、実際に大きさに仕上げていくのだが、これには想像を絶する技術と根気が要求される。外から眺めている分には、粘土遊びに見えなくもないが、担当した吉元裕二の額の汗が物語るように、大変な力仕事である。
やがてモデルが姿を現わし始めた。今迄は完全にイメージの世界でしかなかったデザインが形をとり始めたのだ。開発に携わる技術者達が次々と見学(?)にやって来る。

「ランクル60と比べて、随分イメージが違うなあ。」

と設計のスタッフが言えば、

「そりゃ、モデルチェンジだから当然さ。」

とデザイナー。

「それにしても、野生的な感じがなくなった様な気がする。」

と生産技術担当者が言えば、

「高級車を目指す訳だから当然だよ。」

と再びデザイナーが切り返す。

事実、彼らの前にあるのは、緩やかな曲線で構成された、従来の鋭利な印象とはやや趣きの異なる車だった。ところがそうした曲線で構成されるが故に、吉元の苦労は並大抵ではなかった。
冒頭の会話を思い出して頂きたい。フェンダートップをたった1ミリ削りたいと思ってもそれだけではすまない。

「ここを削るとすれば、ほら、フロント全体のフォルムを直さなくちゃいけない。フロントをいじればサイドもルーフも手を入れないとバランスが崩れるよ」

そう言う吉元の言葉は当然だった。5分の1を1分の1にするには1ヵ月以上に渡る恐るべき根気が必要とされるのである。

デザイナー達は吉元のその苦労を知り抜いている。が、それでも手を加えずにはいられないのだ。
高級感を表現するためには、「どっしりとした安定感のあるデザイン」が必要である。今で言えば、トヨタの最高級車のセルシオである。 だが、こういう乗用車ならいい。地面に近い、低いところに重心があるから安定感が出しやすい。しかし、ランクルは高いのだ。高いところで安定感をどう表現していくか、ここがランクルのデザインの難しさなのだ。
オフロードカーには、乗用車にはない苦労がついて回るのである。

▲ 戻る

 


見張り役、現わる

吉元や鈴木、北野達が1ミリをめぐる攻防を続けておる間にも、モデル室には各部門の技術者達が次々と現われる。初めて姿を見せたランクルの新しいデザインを見にやって来るのだ。デザイン部ではこれを 「見張り役が来た」と称している。デザインそのものへの興味もあるが、大抵は各々の立場からデザインをチェックしに来る、と言った方がいいだろう。
旧型に比べ、曲線的な柔らかいイメージのデザインにまず目をつけたのは、車両生産技術部のプレス担当の技術者である。

「なんだよ、曲面ばかりじゃないか。これじゃプレスが難しすぎる。金もかかるし、時間もかかるぞ。」
「もう、直線の時代じゃないんだ、オフロードカーも。」
「しかし、これだけ微妙な曲線を効率的にプレスするのはなあ・・・・・・。」

デザイナーとして生産技術の気持ちもわからないではない。局面のプレスが難しい事も事実だ。しかし、譲れない事もある。

車両設計部だって黙っちゃいない。静かに作業を見ていた技術者が、

「そのフロントの部分、それだけ低く削られちゃ、エンジンが入らないぜ。」

と割り込んでくる。

「もう5ミリ、粘土を盛ってくれよ。」

デザイナーが反論する。

「しかし、ここは全体のバランスから言えばむしろもっと削りたいくらいだ。」
「じゃ、全体のバランスを直せよ。エンジンが入らないなんて、シャレにもならない。」
「いや、高級車的イメージを出すためにもここは譲れない。」

中には、自分で粘土を盛りかねない設計の技術者もいたというから、その白熱ぶりがうかがえる。意地とプライドのぶつかり合いと言えるが、こうしたせめ合いを経て、デザインは少しずつ、確実に現実のものとなっていくのだった。

▲ 戻る

 

 

おけいの奮闘

外形デザインとともに、内装デザインも進められていた。担当するのは、そう、巨木のパネルを前にしていた藤原恵子、通称おけいである。そのパネルは、彼女なりにイメージをふくらませるためのものであった。イメージのキーワードは「高級」であり、「おおらかさ」だった。

実は彼女、こうした開発のプロジェクトに参加するのは初めてであり、そうしたスタッフに任せてしまう会社の方針もすごいが、何を隠そう、その彼女のデザインが採用されたのだから世の中、面白い。

内装デザインでもイメージスケッチにしたがって、イメージモックがつくられ、本モックへとつながる。
ここで彼女が苦心したのは、インパネのスイッチのデザインである。「おおらかさ」というイメージにふさわしいスイッチのデザインにしたかった。これまた、描いては消し、描いては消しの日がつづく。
そんなある日、一冊の音楽雑誌をめくっていて、目についたのがピアノであった。

「ピアノの音は高級車的なイメージに似合うし、何より鍵盤の美しさがいい。」

ピアノの鍵盤のように整然とスイッチが並ぶデザインが誕生した。見た目も美しいうえ、女性ならではの感性も感じられる。
ところが、おけいの苦心のデザインも設計からの厳しいチェックが入ったのだ。

「このインパネのスイッチは、ちょっとまずいな」
「どうして?」

自分では、気に入っていただけに、おけいがいきり立つ。

「デザインの意図はわかるけど、車の仕様によっては、必要でないスイッチも出て来るじゃないか。せっかくの鍵盤も歯抜けになってしまっては見た目が良くないぜ」

この勝負、どうやらおけいの「負け」の様である。

このようにして、外形・内装のデザインがほぼ固まると、CADでデータ化されいよいよ設計に入っていくことになる。
ここで、デザイン部としての基本的な作業は終了。かといって、まだ誰も肩の力を抜いてなどいなかった。

「過去の経験からして、設計、試作、実験、生産技術と続いていく中で、デザインを直さないといけないところが必ず出て来るんだよなあ。」

彼らの闘いは、どうやらまだ続きそうな気配である。

 

 

Chapter3[設計の章]へつづく]

〜 THE LAND CRUISER STORY 〜
PROLOGUE :プロローグ
Chapter1[製品企画の章] :プレステージカーを目指せ
Chapter2[デザインの章] :タキシードで乗れるか 
Chapter3[設計の章] :クラウンを超えろ
Chapter4[試作の章] :嵐の日々
Chapter5[実験の章] :闇の中の疾走
Chapter6[生産技術の章] :人にどこまでやさしいか

※ 本章に使用したデザインに関する画像は「モーターファン別冊 歴代ランドクルーザーのすべて」に掲載された画像をスキャンして掲載しています。

▲ 戻る